私がチョウバエという名の悪魔に初めて遭遇したのは、今のアパートに引っ越してきて半年が過ぎた夏の初めのことでした。最初は、浴室の壁に一匹、小さなハート型の虫が止まっているだけでした。「あら、珍しい虫」なんて、のんきに考えていた自分を殴ってやりたいです。その一匹は、数日後には三匹になり、一週間後には壁のあちこちに十数匹が止まっているという悪夢のような光景に変わりました。彼らは夜行性なのか、夜、浴室の電気をつけると、一斉に飛び立つこともあり、そのたびに私は小さな悲鳴を上げていました。ここから、私とチョウバエとの長い戦いが始まったのです。まず私が試したのは、市販のコバエ用殺虫スプレーでした。確かにスプレーすれば成虫は落ちるのですが、翌日にはまた同じくらいの数のチョウバエが壁に鎮座しているのです。これはキリがないと悟った私は、次に発生源の根絶に乗り出しました。インターネットで調べ、彼らが排水口のヘドロで育つことを知った私は、強力なパイプクリーナーを何本も購入し、浴室と洗面所の排水口に流し込みました。しかし、状況はほとんど改善しませんでした。もう精神的に限界だった私は、最後の砦として、それまで見て見ぬふりをしていたユニットバスの「エプロン」を外す決意をしました。一人では固くて外せず、大家さんに相談して手伝ってもらったエプロンの内側は、私の想像を絶する光景でした。黒いヘドロが分厚く堆積し、そこには無数のウジ虫のような幼虫がうごめいていたのです。悲鳴を上げながらも、私はカビ取り剤とブラシを手に、半泣きでそのヘドロをこそげ落とし、洗い流しました。数時間に及ぶ死闘の末、ピカピカになった浴槽の下。その翌日から、あれほど私を悩ませていたチョウバエは、ぱったりと姿を消したのです。あの達成感と安堵感は今でも忘れられません。チョウバエとの戦いは、目に見える成虫ではなく、見えない発生源との戦いなのだと、私は身をもって学んだのでした。