あれは、夏の終わりの蒸し暑い午後でした。私は自室で本を読みながら、のんびりとした時間を過ごしていました。少し部屋の空気を入れ替えようと、何気なく網戸にしてあった窓を全開にした、まさにその瞬間でした。ブゥン、という、それまで部屋には存在しなかった重低音がすぐ耳元で響いたのです。驚いて音のした方を見ると、一匹のアシナガバチが、まるで私と入れ違うようにして部屋の中に侵入してきたところでした。全身の血の気が引くとは、まさにこのこと。私は声も出せずに部屋の隅で凍りつき、蜂の動向をただ目で追うことしかできませんでした。蜂はしばらく混乱したように部屋の中を飛び回っていましたが、やがて窓際のカーテンにとまって動きを止めました。なぜ入ってきたのだろう。パニック状態の頭で必死に考えました。思い当たる節は一つ。ベランダに干していた、洗い立ての白いTシャツです。そういえば、いつもより少し多めにフローラル系の香りが強い柔軟剤を使った気がします。白い色と甘い香りが、花畑と勘違いした蜂を呼び寄せてしまったのかもしれません。そして、私が窓を開けたタイミングと、蜂が洗濯物に近づいたタイミングが、不運にも重なってしまったのでしょう。幸い、蜂はしばらくすると再び窓の方へ飛び立ち、開いた隙間から外へと去っていきました。わずか数分間の出来事でしたが、私にとっては永遠のように長い時間に感じられました。この日以来、私は洗濯物を取り込む時や窓を開ける際には、必ず周囲に蜂がいないか確認する癖がつきました。あの恐怖は、二度と味わいたくないものです。