それは、夏の終わりの蒸し暑い夜のことでした。リビングでくつろいでいた私の視界の端に、何やら黒く動くものが映りました。最初は気のせいか、あるいは小さな虫だろうと、さほど気に留めていませんでした。しかし、その動きは明らかに普段見かける小さなアリとは異なり、妙に大きく、そしてゆっくりとしていたのです。好奇心と一抹の不安を感じながら、そっと視線を向けると、私は息を呑みました。フローリングの上を悠然と歩いていたのは、これまで家の中では見たこともないような、巨大なアリだったのです。体長は目測で1センチ以上はあったでしょうか。全体が黒光りしており、その存在感は圧倒的でした。まるで小さな戦車が床を進んでいるかのようでした。瞬間的に全身に鳥肌が立ち、心臓が早鐘のように打ち始めました。「な、何これ…」思わず声が漏れました。隣にいた夫も私の視線の先を追い、その異様な生物の姿を認めると、「うわっ、でかいな!」と驚きの声を上げました。子供たちは、恐怖よりも好奇心が勝ったのか、「何あれ?クワガタ?」などと頓珍漢なことを言いながら近づこうとします。「危ないから離れて!」私はヒステリックに叫んでいました。問題は、この招かれざる巨大な客をどうするかです。殺虫剤を使えば簡単かもしれませんが、室内で、しかも子供がいる前で使うのはためらわれました。かといって、このまま放置しておくわけにもいきません。夫がティッシュペーパーで捕まえようとしましたが、アリは危険を察知したのか、素早く家具の隙間に隠れてしまいました。その後、私たちは家中を捜索しましたが、巨大アリの姿を見つけることはできませんでした。しかし、あの黒光りする大きな体の感触は、私の脳裏に焼き付いて離れませんでした。その夜は、布団の中にまであのアリが入ってくるのではないかという恐怖で、なかなか寝付けませんでした。翌日、家中を徹底的に掃除し、侵入経路と思われる隙間を探しましたが、結局あのアリがどこから来てどこへ消えたのかは分かりませんでした。ただ一つ確かなのは、あの日以来、私は床を歩く黒い影に対して過敏になり、ちょっとした物音にもビクッとするようになってしまったということです。二度とあのような巨大な訪問者には出会いたくない、それが私の切実な願いです。
床を歩く巨大蟻発見忘れられない恐怖