長年、古書の修復に携わっていると、様々な状態の本に出会いますが、中でも心を痛めるのが「本の虫」による深刻な被害です。今回は、古書修復家である私が見てきた虫害の実態と、その対策について少しお話ししたいと思います。印象に残っているのは、ある旧家からお預かりした江戸時代の和綴じ本です。一見、状態は悪くないように見えましたが、ページをめくると、内部がシバンムシの幼虫によって迷路のように食い荒らされ、文字が判読不能な箇所も多数ありました。表紙には成虫が脱出した無数の小さな穴が開き、まるで蜂の巣のようでした。持ち主の方は大変落胆されていましたが、このような被害は決して珍しいことではありません。特に、長期間、蔵や押し入れの奥にしまい込まれていた本は、虫にとって格好の住処となってしまうのです。修復の現場では、まず虫の完全駆除から始めます。私たちは、本へのダメージを最小限に抑えるため、薬剤を使わない「低温処理」を基本としています。専用の冷凍庫でマイナス30℃以下に数日間置くことで、虫も卵も確実に死滅させます。その後、虫の死骸や糞(フラス)を、筆やピンセット、場合によっては特殊な掃除機を使って、ページを傷めないよう慎重に取り除きます。食い荒らされた部分は、薄い和紙などを使って丁寧に補修していきますが、失われた文字までは元に戻せません。だからこそ、被害に遭う前の「予防」が何よりも大切なのです。ご家庭でできる最も効果的な対策は、やはり「環境管理」です。虫は高温多湿を好みますから、本棚周りの風通しを良くし、除湿を心がけること。年に数回は本を手に取り、ページをパラパラとめくって空気を入れてあげるだけでも違います。いわゆる「虫干し」ですね。これは湿気を飛ばすだけでなく、虫がいないかチェックする良い機会にもなります。防虫剤を使う場合は、本に直接触れないように注意し、できれば天然成分のものを選ぶと良いでしょう。古書は、単なるモノではなく、時代や文化を伝える貴重な遺産です。その価値を守るためにも、日頃から少しだけ本に気を配ってあげることが、未来へ受け継ぐための第一歩となるのです。